「減ったな ゲーマー・・・」 「フッ・・・だがまだ生きている」 YSGAの精神(会誌PiCARO巻頭の言葉より)

「我々は嵐を待っている」

 滅びゆくSG界において我等の存在は特異だ。他のサークルが既に、SGのプレイより雑談に時間を費やしている中にあって、我等の異様なまでに活発な対戦活動は驚くに値する。それは超エネルギッシュなピカロ達が集っただけではなく、騒ぎを好む我々が嵐を待ち望んでいるからに他ならない。この嵐こそ非日常を扱うシミュレートであり、ビックゲームであるのだ。嵐がなければ、もし嵐がなければ、嵐なしでは、我々は苦しみながら次第に消えていかなければならないからだ。
 今年は、活動メンバーの減少、盟友との離別など、激震に会の背骨もへし折れるかに見えたが、それでも会の屋台骨は揺らぐことはなかった。よって、もはや永遠に、YSGAが滅びる事はないだろう。
 そして、夢半ばにして会を去らざるをえなかったメンバー達。彼らの心境は察するに余りあるが、あえてそれを問うなら、次の歌の中にこそ、その答えは見つかるだろう。

 嘲笑のなか 周囲の無理解のなかに
 たとえわれら滅びようとも
 われらの大いなる事業こそ
 来たるべき世代のなかに甦らん!


 私はこの言葉を信じる!
そしてこれらのページが彼の信念の実現を助けるものにならんことを!

 YSGA会誌PiCARO第4号発刊にあたり 平成6年12月 会長

「すぐれた在野ゲーマーとは...」
 
 すぐれた在野ゲーマーとは ねずみのように床下に潜んで、陽光と社会の動きを避けまわっている者の事ではない。機略あるすぐれた在野ゲーマーとは 万人がいとなむ自然な生活、それなりの人間的弱みや情熱にみたされた生活に最も積極的に参加する者のことである。彼は衆人環視のもと、沸き返るような生活のただなかで、だれにも理解できる仕事にいそしんでおり、この日常の活動に時間と労力の大半を割くことが許される、そのくせ本業の秘密の趣味SG活動のほうも並行していとなまれており、それと公然の日常生活との結びつきが有機的であればあるほど、それだけ活動も上首尾に運ぶことになる。秘密の趣味を公然の仕事とさりげなく結びつける
この点に自然らしさの極致がある。
 一般にゲーマーとは
 ~年齢にも、感情にも、状況にもいっさい左右されず、どのような天候にも、つねに変わることのない機械のような習癖~
 対戦への、和訳への、読書への習癖を持つ者のことである。彼等はいつも妥協を排し、対立意見の調整を拒否する道を歩んできた
その道を歩むことで何物にも打ち勝つ力を養ってきた。それが何物にも打ち勝つ力だと信じ、その予感に生きてきた。重要なのは、どんなに小規模であれ、またそのメンバーがだれであれ、人も良くまとまった小サークルをなんとしても維持しつづけることであった。無原則な和解や統一がSGサークルの破滅であることは、もう久しい以前から明白になっていた。たとえ一握りの少数派であっても、確固として正しい、自分のサークル
それが大事なのだ。

 第5号発行にあたり 平成8年12月 会長

「第100回定例会を迎えて」

 かつて定例会が50回を迎えた時、閉会後のミーティングで「次は100回定例会を皆で祝いましょう」と言った途端、「その頃には会はあるまい」とか「何人今と同じ顔が揃うか」と笑いが渦巻きましたが、現在こうして100回を迎えてみると、あの頃のメンバーの殆どが、その後参入したメンバーと共に活発極まる対戦活動を繰り広げており、郷里にUターンした仲間さえ折ある毎に遊びに来てくれるというのはYSGAの活動が間違っていなかった証と言えるでしょう。昔は考えられなかったビックゲームや、同一SGの複数同時対戦など、今では当然の様にプレイでき、如何なるテーマのSGでも対戦相手が見つかるだろうという自由闊達な会風も確固たるものになりました。英文ルールなんて読めないと思いこんでいたものが、今では誰に見せても恥かしくない完成度を誇る翻訳ルールを送り出しています。これらは全て「人の良いゲーマー、人の良いサークル」という会の創立理念を実践してきたメンバー1人1人の努力の賜物です。これら超エネルギッシュなメンバーに恵まれる限り、今後もYSGAの活動は半永久的に続いていくことでしょう。
何故なら我々には、生涯かかってもプレイし尽くせないほどの傑作SGとシナリオ群が山積みされており、その為に読まなければならない背景資料や、そこから派生する研究テーマが溢れんばかりにあるのですから。

 第7号発行にあたり 平成9年12月 会長

「ピカロ2000 ミレニアム」

 我々ピカロは振り出しに戻ったのではないだろうか。
1900年代の終わりを迎えるにあたって私が思うことである。98年末のAH社消滅により、新しいSG黎明期へ、いま一度、我々は放り込まれたのではないか。
 80年代のブーム期以来、我々ゲーマーはTACTICS誌、SIMULATOR誌が廃刊になるのを見た。
その復興がもたらしたのが横浜SG協会であり、その会誌PiCAROとは何であるのかを問うことは、SGの意義を問い直すことでもある。
 幾百万に及ぶ非業の犬死を招いた先の大戦後、日本では激しい戦争憎悪の余り、戦争を扱う全ての物に対して、深く考えることもなく批難が浴びせられてきた。
しかしこのような批難は一つの先入観にとらわれていると思う。戦争を一途に嫌悪し、心の中でこれを否定し尽くそうとする者と、戦争に反発しつつも人間の歴史としての戦闘の中に、僅かなりとも学ぶべき教訓を見出そうと心を砕く我々ゲーマーと、この両者に、その苦悩の純度において、真摯さにおいて、根本的な違いがあるだろうか(いうまでもなく、SGを単に勝敗を競うゲームとしか考えず、そのSGが扱う歴史背景には何の興味も持たない者は論外である)。
 このような知的探求をも戦争肯定と批難する人は、それでは我々ゲーマーはどのように振舞うべきであったのかを、教えていただきたい。
我々は一人残らず、かつての愚行とあやまちを直視する事を忌避して、歴史を現代の価値観で裁いてよしとすべきなのか。あるいは、極めて怠惰な、無関心な現代人となり、再び歴史に復讐されるべきなのか。
 戦争を否定するということは、現実に、どのような行為を意味するのかを教えていただきたい。単なる戦争憎悪は無力であり、むしろ当然過ぎて無意味である。誰が、これら盤上に再現されるような世界を、愛好し得よう。
 我々ゲーマーは、軍国主義者との誹謗を代償に、SGという媒体を通じて歴史を手に入れる。我々は盤上を徘徊する事によって自他の歴史に生きる姿を明らかに見ることができるのである。ゲーマーの特権とでもいうことができる。シミュレートするということは何も戦闘の経過だけを忠実に追うことだけではあるまい。あるときは賢明であり、あるときには愚かであった我々の先人の行為を明暗両面からとらえ直すことでもあるだろう。
 我々がSG界の衰退になすすべもなく直面し、PiCAROの新しい価値を創造することができないでいるとすれば、それはとりもなおさずSGから何も学ばなかったということであり、ひいては青春の時を過ごした盤上から何も掴み取らなかったということにもなる。そうではないという声が聞こえる。目に見えない所で続けられている会員各位の密かな精神的営為に期待するしかない。

第9号発行にあたり 平成11年12月 会長

「YSGA会員であることを誇れるか」

 YSGA会員とは、シミュレーション・ゲーム(SG)への一貫した揺るぎない愛情を持つ者であり、それはウォーゲーム界の犠牲となり不幸を分かち合う覚悟を伴うものである。とはいえ、必要以上に迎合したり、ゲーム会社や会長の不当な主張を支持したりしてはならず、SGの持つ欠点や犯した錯誤を素直に認め、進んで悔い改めなければならない。
 貴重な余暇の1日を、SGをプレイして過ごしたいという欲求は、ゲーマー本来の自然な感情であり、いかなる正当化も理由づけも必要としない。シミュレーション・ゲーマーに付された世間的なあらゆる形容は、無理解の産物であるか、意図的にこの趣味を愚弄しているかである。かつてマスコミが使った「ウォーゲーム・ブーム=軍国主義の復活」という表現は、朝日新聞を筆頭とする進歩的左翼文化人のお気に入りであった。しかしこの表現には、歴史をよりよく知ろうとするゲーマーの素朴な史的探求心に対するマスコミ特有の思い上がりが現れている。
 プレイ意欲とはゲーマーを統合する原理であり、ゲーマーを世間一般から離反させるものではない。人間の嗜好であるからには、ゲームプレイもまた偏ったり、歪められたりすることがある。しかしそれはまた別の問題なのだ。
 そう、これは現代の世界における「自由」の概念と実に良く似ている。ネット上において特に顕著なことだが、「自由」が称揚されることでゲーマーとしての義務が完全に忘れ去られ、我々はあらゆる責任からも自由になってしまっている。しかし本来ゲーマーとは、自己の責任を絶えず意識している限りにおいて存在していられるはずなのだ。
 各自がゲーマーとしての責任感を持っていないゲームサークルは存続しえない。同じように、サークル全体への責任感が失われたならサークルは存在できない。YSGAの場合は、なおさらである。
 YSGAが危機に陥った場合、頼みの綱は全ての会員が支持し元気づけてくれることである。団結してYSGA全体の利益を守ることが、個々の会員にとってもゲーム生命を決するほどに重要なのであると、いかなる会員も銘記しなければならない。
 つまり不幸を分かち合い、犠牲になる覚悟があり、迎合せずに奉仕することである。自分のサークルとの一体感を抱くのは当然であり、非難を受けるいわれはない。
 自分のサークルへの愛もまた、所有ゲームへの愛と同じように生来のものである。この愛のために誰も非難されてはならず、むしろ尊敬されるべきである。
 そこには共通の話題があり、共通の趣味の伝統がある。共通のゲームプレイの記憶と将来へのプレイ目標といった、かけがえのない絆が会員を団結させているのだ。自分のサークルを守ろうということが、どうして罪深いといえるだろう?
 ここで私が言っているのは、会員の純粋で、慈しみに満ちた、建設的な結束力のことである。極端な徒党意識(「ただYSGAさえ安泰なら!」「我らの解釈だけが正しい!」といった類の)でもなければ、先達の築いた功績や他の団体よりもさらに高く自分のサークルを祭り上げることでもない。

 YSGAの歴史は、会員の多さではなく、個々の会員のプレイ意欲の高さによって形作られてきた。YSGAを団結させているのは、人数ではなくプレイ意欲であり、それを揺るぎないものにしているのが、SGへの信仰である。この後の数十年間で、会員や例会場、さらにはサークル組織さえも失っていくような場合でも、一つだけ、我々にはいつまでも変わらずに残るものがあるだろう。SGへの信仰とそこから生まれる崇高なプレイ意欲である。

 だが最も深刻なのは、サークルとしての一体感が現在のYSGAには希薄になりつつあるということだ。会員の人数が増え続けるうちに、我々はお互いを結びつけ助け合うための接点をも失い、それに加えて、会内での自分たちの立場さえ分からなくしてしまったのだ。
 我々が愚かな烏合の衆とならないためには、団結するための確固たる足場が必要なのだ。
 まず最初は、各自がYSGAでやってみたい企画を一つ一つ根気よく実行していこう。そのためには、各自の嗜好に基づいて、SGのテーマ、規模、システムなどの分野で協調していく必要がある。団結して、翻訳チーム、合宿チーム、会誌チームなどを作って行動しよう。どんな場所でも、どんなに少人数であっても、短期あるいは長期の企画にそれぞれ取り組んでいこう。こうした企画はどれも、現在のつらく非情な苦難の時を乗り越えるための手かがりとなり手段となるのだ。
 そのとき、必須の条件となるのが、お互いの好意的な関係であり、他者の意見に耳を傾け理解することができるかどうかである。それがなければ、何も始まらない。それがなければ我が会に健全なものは何も育たないだろう。ただしこれには「自分たちのサークルの為に、労力と時間を捧げられるような無欲な会員が見つかるだろうか」という問題がある。しかし、もし見つからないようならば、そのときは、何の役にも立たない、衰弱してゆくサークルとして、すべてを放り出すしかない。
 会内企画を担う原動力となること、それこそは東神奈川で例会を開くようになってからYSGAに入会した新メンバーに課せられた役割である。誠実で、博識で、勤勉で、理想に身を捧げ、鋭敏なこれらの会員こそ、東神奈川以前に存在していた先駆者たちの直接の後継者であり、YSGA独特の富なのである。
 自主的に企画していく意志を持たずして、我々には誰にも不平を言う資格はない。
自分たちにどれほどの価値があり、いかなる運命が相応しいのか、いま我々自身が試されているのである。

 第10号発行にあたり 平成15年12月 会長

会誌タイトルのピカロとは?:スペイン語で“悪党”を意味するピカレスクの単数形で、この「悪党」とは悪人一般の意味ではなく、主流に逆らう一種の社会集団、あるいは少数者の抵抗運動としての存在を指す。そしてここでいう主流とは、SG衰退の流れであり、トレカ、ドイツ系主体のゲーム界のことである。フランスの哲学者ポール・アザールは、その著“ドン・キホーテ頌”のなかでピカロについてこう述べている‥‥『ピカロの生命力と精神力が、われわれの貧血気味の文明を憎む人々の気に入ったのであり、彼らはピカロのなかに人間の原始的で、荒々しく、野性的な本能の一部を再発見して喜ぶのである。ピカロは困難な状況の中で己れの妙技を発揮するのを好む。これが彼らの環境の、そして存在の掟である。彼らは解放された人々であり、奴隷精神の片鱗ももたない』。我等の「ロマン・ピカレスク」も、かくあらんことを。
# by ysga-blog | 2001-01-01 00:00 | 建軍の本義 | Comments(0)