(GMT)WW2:バルバロッサ・トゥ・ベルリンは42年、43年開始キャンペーンが面白い!!その2

1943年夏より開始キャンペーン:
「閉ざされる包囲環」

シナリオ名「ビェルゴロトからベルリンまで」


※ゲームは、両プレイヤーによるターン10(1943 年夏季)開始時の命令についてのサイ振りから始まり、ターン18(1945 年夏季)の終了までの合計9ゲーム・ターン、あるいは連合軍又は枢軸軍が自動的勝利の得点を挙げるか、あるいは一方のプレイヤーが投了するまで続く。

▼42年開始キャンペーンは、連合軍のスカンジナビア上陸(結果的には、あまり得策とは言えず)を除いて、ほぼ史実通りの展開を見せ、順調に43年の夏に至ったので、一旦仕切直して、今度は陣営を入れ替えて43年開始キャンペーンを最後までプレイすることに。
写真は初期配置終了時の盤面と、ダブルチャージ誌創刊号のBtB 43年から開始キャンペーン掲載ページ。
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▼第10ターン(43年夏)終了時の盤面。米英軍、順当にハスキー作戦カードを切ってシチリア島侵攻作戦実施。枢軸軍はシチリアに後詰めを送らずこれを見捨て、イタリアの爪先に3個軍団立て籠もらせてイタリアへの侵攻を防ぐ構え。一見これで何とかなるように思えたが...。なおバルカン戦域ではチトー・バルチザンが軍編制となって、アテネ、クレタへの補給線途絶。これによりアテネとクレタのドイツ軍が消滅し、それぞれ1VPを失った。
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▼第11ターン(43年秋)終了時の盤面。ドイツ軍、ヒトラーの轍は踏むまいと、大胆極まりない戦線撤収。バルト海から黒海まで、最短の戦線縮小を成し遂げる。ソ連軍、これを追うだけで精一杯。
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▼第12ターン(44年冬)終了時の盤面。米英軍、イタリアの脱落カードを切って(実行条件はシチリア完全占領だけでよい)、イタリア全土が連合軍支配下に。イタリアの爪先で安穏としていたドイツ軍3個軍団は補給切れとなり、史実のように北イタリアに進駐部隊を待機させて置くなどの対処をしていなかった為に、無為に補給切れ消耗で3個軍団壊滅。せめて爪先から1歩後ろで守っていれば、戦車軍団の5移動力で補給線確保できたのだが...。しかし東部戦線でのドイツ軍は、夢のイースト・ウォール(陣地3エリア)をキエフから南に構築。また大西洋の壁もカレーとカーン・エリアに完成させた。
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▼第13ターン(44年春)の東部戦線ウクライナ方面。ソ連軍、待ちに待ったバグラチオン作戦カードを切って、ドイツ軍自慢のイースト・ウォール突破を目指す。バグラチオン作戦イベントは、ソ連軍の攻撃全てにダイス修正+1するのと、ドイツ軍の死守を無効にできるのだ。
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▼第13ターン(44年春)の東部戦線全景。イースト・ウォールの奇跡。全ての攻勢を弾き返した東方の壁。これを見たドイツ軍プレイヤーは、ヘブン状態に。なお戦線自体も更に撤収して、北部は既にケーニヒスベルグに布陣。このラインが戦線の最短か。
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▼第13ターン(44年春)終了時の盤面。ドイツ軍にとってのイタリアの危機は、なんとか防ぎ止めた。
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▼第14ターン(44年夏)終了時の盤面。オーバーロード作戦カードを切って、遂に米英軍がフランスに侵攻上陸。しかしシェルブール・エリアに対して連合軍橋頭堡を使用して上陸した事が、あとあと南フランス上陸(連合軍橋頭堡でのみ可能)を阻害するなど裏目に出るとは、この時点の連合軍プレイヤーは知る由もなかった。本当はシェルブールとその隣エリアに、それぞれ米軍と英軍の橋頭堡を使って上陸すべきだったのだ。
 なお割を食った形のソ連軍はあまり前進できず。またイタリア全域が席巻され、防衛線はアルプスに引かれる。
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by ysga-blog | 2010-07-17 19:43 | (GMT)バルベル再評価への道 | Comments(0)
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