▼第1ターン〔1944年6月後期〕終了時の盤面。動いたのは白ロシアだけだが、それでもソ連軍の呵責なきバグラチオン攻勢によって早くも1回目の独軍司令官解任発生(史実でも6/28に中央軍集団司令官ボックが解任されてモーデルが一時的に兼任)。


▼第2ターン〔1944年7月前期〕ソ連軍ターン終了時の盤面。 晴天にも恵まれ、遂に全軍が動き出したソ連軍。北方は動きが限定されるのでAOKさんにはルブリン正面のソ連軍を担当してもらうことに。YSGAきっての攻めダルマAOKさんとルーマニア方面のDublinさんの猛攻を受けて、独軍南部担当の鈴(弘)さんもタジタジであった。
▼第2ターン〔1944年7月前期〕ソ連軍ターン終了時の白ロシア。 1ターン限りの大攻勢でレンドリース・チットにも恵まれず、攻勢縦深(TO)が9ヘクスへと戻ってしまった中央ソ連軍。だが攻勢範囲外でも平地攻撃なら戦車/機械化/騎兵軍団も罰則なしなので、できる限りの攻撃を行い、また機動で独軍を翻弄すべく、無理くり西へ前進している。
▼第2ターン〔1944年7月前期〕ソ連軍ターン終了時の南部。 優先TOであった中央北(CN)が引き当てた「ルーマニア兵の逃散」チット効果で、独軍とスタックしていないルーマニア軍は全てソ連軍側が1ヘクス移動させてよいという効果を活かし、Dublinさん必殺のルーマニア攻撃がスタート。